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作家・応援団

ユズリハに参加している作家および応援団をご紹介します。

メンバーの心の故郷である美術室と芳野先生の「思い出アルバム」もご覧ください→ ALBUM


作家

ユズリハ・グループギャラリーは、1969年、鈴木登君との絆で玉川学園高等部美術室で出逢った同期生達による、オンライン高等部展です。何かを表現したい人、デザイナー、人形作家、教師、画家、日曜画家、社長、主婦、絵を描くのが好きな人と様々な現況のメンバーです。私たちの作品達を、ひとときお楽しみいただければ幸甚に存じます。

阿部 順子(ジュンペイ)

●プロフィール

東京で最後の都電が走る下町生まれ。現在は横浜に在住。夫と二人でそれぞれの趣味を楽しんでいます。やっと自由な時間が持てる今、やり残した『描く』を楽しんでおります。

●ユズリハへの思い

私には玉川学園高等部の美術室で個性を自由に発揮したあの頃に戻りたいというささやかな願望がありました。「グループユズリハ」の立ち上げは大好きな仲間の一人、画家として活躍していた鈴木登くんの早過ぎる56歳の旅立でした。登くんの作品展と私たちの作品でグループ展をしたいという思いでの開催でした。
今、発表の場があるのは彼のおかげです。

阿部 真由美ヘル

●プロフィール

小さい頃からずっと想像・創造することが大好きでした。
高等部の美術室で、初めて"ポスターカラー"に出会い、鮮やかな色が嬉しくて楽しくて、ポスターばかり描いていました。
大学でデザインを学び、色彩構成とインテリアに大傾倒。その延長線上、現在も建築物のトータルカラーコーディネイトの仕事をしています。
小さなサンプルたちと格闘し、完成直後に見るドキドキ感が私の心臓強化剤。

老人関連建設が多い昨今、今しばらく重宝されそうです。

●ユズリハへの思い

それぞれが自由に創作活動をしていた美術室。いつもワクワクさせてくれた、とても楽しい空間でした。
美術室では、"のぼる"(みんなから親しみ持って呼ばれていました)の姿もよく見かけました。穏やかで優しい笑顔がすぐ目に浮かびます。
時を超え、のぼるを介し、仲間が集えるユズリハへ。嬉しい限りです。
心からどうもありがとう!
また、のぼるの遺作に会えるかな。楽しみです。

いっとき夢中になった油絵も含め、思いつくまま、自由に創作していきたいと思います。

井戸京子カトコ

●プロフィール

北九州の門司で生まれ 札幌、岡山、仙台、小学5年生の時に東京へ。
描く事が好き。でも自分では描けない…そんな時トールペイントで 描く楽しさを見つけました。
そして10年前に「紫芳の字手紙」に出会いました。1枚の葉書に気持ちを込めて届けたい。勉強中です。

●ユズリハへの思い

2016年 ユズリハのグループ展に招待していただき 皆さんの描きたい 表現したいという思いに 刺激を受けました。
高校での美術部での自由で楽しかった様子が、皆さんのお話で伝わってきました。仲間の繋がりっていいですね。
2018年からユズリハに参加させていただいてこの出会いに感謝しております。
楽しみながら、悩みながら 葉書に表現していきたいです。

楠原 亘

ユズリハの笑顔

雨が多い災害地を見ると胸が痛み
コロナ感染者の増加に心を痛め
猛暑日に汗で着衣を濡らし
水分補給により夜間にトイレの何度もいく
そんな日々を過ごしている

TOKYO2020がスタート 体操の大橋大揮の個人総合優勝!素晴らしい笑顔に思わず拍手
バトミントン桃田賢斗の初戦敗退に驚愕
数多くの人々に感動を与えてくれるアスリート 笑顔笑顔笑顔 涙

「ユズリハ」の皆さんご自身の作品で笑顔になりましょう
そして私にも笑顔を下さい
笑顔はコロナより感染力が高いそうです
爺ちゃん婆ちゃんの笑顔はステキだなぁ~

小林 一夫ホッパ

●プロフィール

ここ数十年、創作とは随分と遠のいていて、空虚な日々をおくっておりましたところ、幸運にも、登を慕う仲間達によるグループユズリハに参加させていただく事となりました。迎えて頂きましたメンバーの皆様方には大変感謝しております。
ありがとうございます。

高校の卒業アルバムで、クラス全員の似顔絵を鉛筆で描かせて頂きました。卒業後は、紙、木、ガラス、土、金属等あらゆる素材での創作、またアクリル絵具やコンピュータグラフィック等も楽しみました。が、今また鉛筆に戻りました。

●ユズリハへの思い

登とは、美術室でイーゼルを並べて絵も描きました。スキーにも一緒に行きました。
やたら滑りが上手でビックリしました。

登のお母様の手料理も何回もご馳走になりました。お母様のお好きな木が「ユズリハ」です。
お医者様のお父様には、とても高価なお酒も呑ませて頂きました。ベロベロになってタクシーを呼んで頂いた事も、妹さんもお兄さん思いの優しい方です。

とても素敵なご家族です。

卒業アルバムに描いたクラス全員の似顔絵

清水 江美べべ

※故人のため、ユズリハメンバーによるガールズトークです

●べべとは大学で同じクラスになったの。
それまでは、憧れの存在だったのに、人の出会いは不思議ですね☀️
彼女は三年生になって突然、美術に進むことをきめ、デッサンを頑張り見事に希望を叶えました。
大学時代の彼女はみためからは程遠いざっくばらんな人柄でおおいに笑い「私は、なんでもハッキリしてるの」がくちぐせでした。その潔さが素敵でした。

静物画が素敵ですね。
日本舞踊の名執でもあります。
着物姿の立ち姿も極っていました。
午後の専攻課目の実技が終わると、トランプしたり朔風館にもちょこちょこいってはおしゃべりしました。
高等部で同級生だった清水裕司くんが好きとの告白に一同がびっくりしたのを思いだします。
ご主人様は、あなたが亡くなったあと、お母様を支えてくださっていますよ。
裕司さんは温厚なかたでよかったですね。
どうぞ、やすらかに、そしてまたあいましょう。(ジュンペイ)

●べべに送ります

(カトコ)

●偶然にも2016年のユズリハでべべと会って一緒に写真を撮らせて頂いたのが最後でした。
なんだかペアルックみたいだし😊
美人で優しくて素敵な女性でしたね✨✨✨✨(いっこ)

●べべは学園のマドンナと聞いたことがあって、即納得!でした。
優しくて愛らしい笑顔しか思い浮かびません。紙粘土の作品もべべらしさ満載です。(ヘル)

●ベリーショートヘアーが、べべほど似合う人は他にいないだろうと思ってた。さらにお父様がとてもカッコ良くオシャレな親子で憧れたな。
学生時代にべべが、セルリアンブルーに凝ってるとニコニコと絵の話してくれたのと、
大人になってからはべべの一眼レフの話に影響受けた。
そんなべべを何回かユズリハに誘っていたので、こうしてここに一緒に並べることができて嬉しい😊(タエ)

●べべの✌️している写真自然でいいですね❗
べべと言ったらチェックの、巻きスカートが似合っていたと覚えています😊
べべとは私中学1年のときクラスが一緒でした。小学部から通ってらしたべべは中学部に入って慣れない私ををはなしの仲間に入れてもらったり親切にして下さって❗またクラスの担任が、九さんで、多分3年のときも九さんで一緒だったような気がします☺️
ベリーショートヘア似合ってましたね‼️(久美)

■大原先生の新築祝いにプレゼントされた、べべ制作の粘土細工の作品。
今もご自宅の玄関に飾られています。

■大学卒業制作の作品

白井 妙子

●プロフィール

美術室で初めて油絵を描いて以来
絵画の道に進み
商業ベースの中で絵筆を持つ仕事に就きました。
振り返ると絵を通して世界が広がり、
いろいろな体験ができたのは
元を辿れば美術室のおかげかもしれない。
そして今は、
母のお世話で実家に行ったり来たり
合間に生活の中でのモノ作りが楽しく
趣味の手芸部クラフト部で日々を過ごしてます。
(^o^)あと音楽鑑賞も楽しみの一つです。

●ユズリハへの思い

高等部美術室を想うと、
油絵の具の匂い!が蘇えります。
それから靴音がコツコツと響いていたり
皆の作業の音も耳に残っています。
その美術室に登君は何時も居たんだもの
「主みたい!」と思っていました。
会話はあまりなかったけど、
縁あって登の家には時折お邪魔していて、
ご家族にもお世話になった思い出があります。
皆の登への想いからユズリハができたのは
嬉しいから、このグループがずっと続いて
お爺さんお婆さんヨロヨロしながらも
集まれたら楽しい。
若い頃の思い出と、そして新しい出会いと
一緒に活動できるなんて
ユズリハ ほんと気分が若返るよ!

杉山 郁子

●プロフィール

玉川大学卒業後、地元静岡に戻り結婚。

4人の子育てを終え、主人を見送り、長年学んで来たセルフケアや趣味で取得した様々な資格を活かして自宅サロンで「繋がる・学ぶ・食べる」セミナーを開催しています。

私は美術部でなく体操部でしたし、絵心ゼロなのでユズリハの展示会にはファンとして行かせて頂いていました。
2018年の展示会の時にメンバーの妙ちゃんからお誘い頂き、皆さんにも温かく迎えて頂いたので図々しくも参加させて頂きました。

現役では手作りバッグを教えているのですがそちらは手芸部と言うことなので、以前教えていたフラワーアレンジメントの作品を出典させて頂いています。

●ユズリハへの思い

高等部の美術部の時の思い入れが深いスターティングメンバーの皆さんとは比較になりませんが「新しい葉に命を譲って散っていく」ユズリハの木のように潔ぎよく軽やかに何かを伝えられたら嬉しく思います。

鈴木 寿々

●プロフィール

美術部に足を踏み入れることなく卒業
進学先は商業貿易
スキルがないまま就職、楽しい独身生活

現在:  夫と2人穏やかな生活を育むべく努力中
アート歴:今から自分の思いを体現できるようスタート
    (まだ何もないのですが...)

●ユズリハへの思い

2018ユズリハ展に伺い、登君がシリーズで描いた一枚に心惹かれ
楽しそうに作品を紹介していただいたメンバーのみなさん
生き生きと輝いていて、うらやましく思いました
何をするのも億劫になった昨今、何か私のアートを探してみよう
そんな妄想を楽しませてくれる場所です

鈴木

(※故人のため、ご令妹による寄稿です)

●プロフィール

兄は小さい時からいつも左手に鉛筆を持ち何か紙があれば、アトムを描いたり何かしら描いていました。
小学校の時も美術部に所属し、兄が描いた大きな絵が学校の食堂に飾ってあったのが私の自慢でした。

妹の目にはちょっと風変わりな兄でもありました。
小さい頃は真冬でも半袖半ズボンでいたり、遅刻しそう時でも絶対走らなかったり、妹としてはちょっと恥ずかしかった憶えがあります。

高校に入ってからはホントによくたくさんのお友達が我が家にみえていました。
私も皆さんに「ももちゃん、ももちゃん」ととても可愛がって頂きました。

<1975年12月から7年間渡仏>

フランスから戻ってからも贅沢する事なく、ただただ絵だけ描いていた気がします。今思うに、仕事に就く事もなく、そうして絵だけ描いていられた事が何よりも贅沢な事だったのかもしれませんね。

2011年1月23日 満57才 没

●ユズリハへの想い

実家地下の兄のアトリエ入り口に、ゆずりはの木が植わっていました。母はよほど気にいっていたのか「年ごとに ゆずりゆずりて 譲り葉の ゆずりし あとに また新しく」というこの素敵な詩をいろんな方に披露していました。

追伸

兄は亡くなりましたが、こうして兄のお友達と何10年ぶりかでお会いする事が出来、皆さんが変わらずに「登 登」と思い出話をして下さり、ホントに兄が遺してくれたご縁に感謝しています。
お兄ちゃまありがとう。

最後の作品(未完成)

→画家 鈴木登の作品は「ATELIER(作品展示室)」をご覧ください。

今日も元気にユズリハ!

寺本 宏一

●プロフィール

もち でも なのに そして からの 美術室入り浸り

ブラスバンドで全国大会・金賞を夢みて高等部を受験。
自由研究はもちブラスバンド。でもゴツゴツした絵を描いてみたくて選択は油絵。
なのに「美術室」で運命の人 芳野二夫先生と出逢う。

「君、名前何て言うの(これ芳野先生の必殺技)夏休み二科展に作品を出すから絵を描きなさい」え!
僕はブラスバンドで・・・ 「部活はやめて絵を描きなさい」・・・二科展はみごと落選。ブラスバンドは全国大会金賞・・・
1年の夏休みも終わり、そして国芳さん鶴の一声「時間割撤廃」からの美術室入り浸りが始まった。

毎朝朝会での校歌と小学生のかわいいテンポの速い校歌、中学生の歌声が学園の丘に響きわたる。
しげるの「回旋六呼称」で始まる体操、朝会前のハレルヤ、合唱祭でのタンホイザーやネルソン・ミサ学園で出逢った友、美術室での仲間、仲の良い同期会の人々。
「学校とは思い出をつくるところ」の言葉通り、たくさんの思い出と今の私をつくってくれました。玉川学園大好きです。

●ユズリハへの思い

やっぱり”のぼる” と 楽しみましょう いまもありがとう

やっぱり”のぼる”でしょう。いつもコツコツと描いてる美術室の「主」。
3年の時は美術室の館長でしたね。大きなキャンバスにひまわりを描いてる姿と作品が今も色鮮やかに目に浮かびます。

何人かで登の家に遊びに行くと「いらっしゃい」とお母様のやさしい声と笑顔で迎え入れてくださり、ただいま!とランドセル姿のももちゃんが帰って来ます。僕等は丸いテーブルを囲んで話をしています。そこへ手術を終えたお父様が帰宅。私達の話の輪に入り色々な話をしてくださいました。そんな鈴木家の方々が大好きでした。

今、我家には”ぞう”と”カラス”と”少女”の3点の登のエッチングが飾ってありますが、グループ展で登の作品にあうのが楽しみですし、メンバーの方々の作品で刺激を受け合いながらこれからも玉川学園高等部美術室で出逢った同期生達による、続「玉川学園高等部展」を楽しみましょう。

”のぼる”、いまもありがとう。

本多 久美子久美

●プロフィール

1996年から2018年3月まで今道松久に絵画の師事を受ける。
2010年から2020年4月まで四谷ジモンに師事を受ける。
現在はエコールドシモンで今の指導者から人形作りの師事を受けている。

●好きなこと

美術館、科学館巡り
ロボット好きで
Mesmer Engineered Arts mermer dream jan 2021 動画
ホンコンのスカーレットヨハンソン似のロボット
Conversation with mark1robot one of the gorgeous 動画
ロシアのpromobot robo-c
jp:spurtnicne.com

興味がおありでしたらご覧下さい!

●ユズリハへの思い

私とユズリハの出会いは、2015年の同期会でユズリハの紹介を、受けた時でした。その時は卒業生で、志を一つにしたユズリハは素晴らしいと思いました、ひょんなことから私もお仲間に入れて頂いて現在に至ります。スタッフを頼まない、仲間だけでの会場作りは体温が伝わってきてホットするような場所です。私は鈴木 登さんはあまり存じ上げてないのてすが、皆さんの出会いの場を作って下さったこと、とても感謝しております。ユズリハのご縁これからも大事にしていきたいと思います。

吉成 幹雄

●プロフィール

1971年、高3の4月に大阪の清風学園(男子校)から東京の玉川学園(共学)の富士組に転入。当時、私の歓迎会としてフルーツバスケット(椅子取りゲーム)で迎えられカルチャーショックを受け、おおいに戸惑う。

そして、玉川学園大学油絵専攻で進学するが、12月に退学。その後、浪人を繰り返して多摩美術大学油彩画科に入学し、3年次には版画(銅版画)を専攻する。ちなみに入学時、ユーミンが現役で日本画科を卒業し、翌年、竹中直人がデザイン科に入学してくる。

大学卒業後、美術科教諭として東京都の公立中学校に採用され勤務する。その後、自己の創作活動からは遠く離れる。

2016年、第1回ユズリハ展の参加を契機に、再びぺン画作品(カラーインク、水彩併用)を制作している。

●ユズリハへの思い

1971年、玉川学園高等部3年に転入後、すぐ美術を選択しました。初めて吉野先生と出会い、その会話のなかで、なんと私の父と小学校時の同級生であることがわかり驚きました。

当時、美術室の主である鈴木登君、寺本君達の手解きを受け、初めて油絵を描きました。そんな仲間達の影響を受けながら、夏休みに美術室に泊まって、二科展の作品制作に取り組んだ思い出がとても懐かしい。

鈴木登君のお宅にもよく美術室の仲間達とお邪魔して、大変お世話になりました。ご両親、妹の桃子さんとの温かい家族的雰囲気の中で、知的・芸術的な会話が思い出されます。

また、当時の登君の作品は彼のおおらかさ、多趣味な思考と温かい家庭環境もとで生み出されたものと思います。私自身おおいに影響を受けました。

登君、ありがとうございました。


応援団

前畑 輝明

仕事だ交友だと動き回り落ち着きのない日々を過ごす俺。
よくマグロと一緒だなと人に言われる。

マグロは、泳ぎを止めてしまうと
酸素が取り込めなくなり最悪の場合
窒息死してしまう、言われてみれば俺も動きを止めてしまうと惚けて
廃人になってしまうのではと思うことがある。

そんな中でユズリハを知り、自分と見つめ合って、自分がやりたい、
打ち込めることを見つけて活き活きとしているユズリハの皆と会い
何か俺も打ち込める事を見つけたいと感じた。

まだまだ当分マグロだろうが、いつかは笑顔で何かを作り上げたい。
それまでユズリハの皆から刺激を貰いたく応援団としてお付き合い願いたい。